「広告人形」（橫溝正史） | ラバン船長のブックセイリング | 現代はあまりにも｢匿名性｣の隠れ蓑が多すぎる

現代はあまりにも｢匿名性｣の隠れ蓑が多すぎる

「広告人形」（橫溝正史）
（「横溝正史ミステリ
　短篇コレクション」）柏書房

「広告人形」（橫溝正史）
（「恐ろしき四月馬鹿」）角川文庫

その男、大海源六という
へっぽこ画工なんだがね、
その大海源六がなぜ
その広告人形の中にはいったか、
と云うのは、
こう云う理由からなんだ。
実は、非情に醜怪な容貌の
もちぬしなんだ。
その癖しょっちゅう
表へ出ていたい、と…。

｢広告人形｣とは、
着ぐるみを着て広告チラシを
通行人に配るあれです。
私のような過疎地域に
住んでいる者にとっては
昔も今も町中で
お目にかかることはないのですが、
都会ではどうなのでしょうか。
今もあるのでしょうか。
本作品の主人公･大海源六は、
容貌が相当醜悪であり、
人目を気にする性格でありながら、
でも人混みに出て行きたいという、
少々困った性格なのです。
だから着ぐるみの中に入り、
他人からは見られず、
自分からは他人をじっくり見られる、
そんな環境を求めたのです。

1 恐ろしき四月馬鹿

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【主要登場人物】
大海源六
…醜悪な容貌、浦島太郎の着ぐるみの
　中から世間を見ようとする。
水谷らん子
…有名歌劇女優。
磯部律次郎
…福助人形に身を隠し、
　源六へ接触する。らん子のパトロン。

本作品の味わいどころ①
見られたくない、でも見たい、
屈折した感情
人から見られたくない、
でも人の中に入りたい。
マスク生活が定着したコロナ渦の
現代であればわけのないことですが、
かつてはそうではないのです。
大海源六がとった行動は、
広告人形の着ぐるみの中に入ること。
そして自分の身を
安全な場所に置きながら、
諸々の悪戯を試みるのです。
でも考えてみると、現代の私たちも、
ネット上では似たようなことを
しているのではないでしょうか。
自分が誰であるか明かさずに、
自分の言いたいことを、
相手の立場を考えずにまくし立てる。
｢匿名性｣に隠れるのは
人間の本能なのかもしれません。

本作品の味わいどころ②
殺人事件の犯人か、
でもそんな雰囲気はなし
そのために彼は事件に巻き込まれます。
もう一人現れた
｢匿名性｣に隠れた男によって、
殺人事件の犯人らしい女性と
接触しなければならなくなるのです。
ここからがミステリの始まりか…と
思いきや、読み終えるとコントでした。
これもまたよしです。

本作品の味わいどころ③
本作品はコント、
延長線上には多くの作品が
この、｢匿名性の影に隠れた悪戯｣と
いえば、思い浮かぶのは乱歩作品です。
｢屋根裏の散歩者｣は
屋根裏から隣人たちの私生活を
のぞき見していました。
｢人間椅子｣では椅子の中から
密かに利用者の体感を味わっています。
｢押絵と旅する男｣も、
突き詰めればのぞき見趣味です。
乱歩だけではありません。
安部公房の｢箱男｣も
基本的には同じです。
海外ミステリを含めると、
ほかにもたくさん
見つかるのではないでしょうか。